キューバ
2026年7月15日 01:30
キューバは計画経済の失敗によりラテンアメリカならびにカリブ海諸国で最貧国となっています。ただ米国のフロリダとは目と鼻の先にある、カリブ海で最も大きな島である関係で、キューバの未来は米国にとっても重要な関心事です。
同国の人口は970万人(世界95位)、GDPは2500億ドル(60位)、一人あたりのGDPは2.6万ドルです。主な産業は歴史的に製糖でしたが、いまは観光が重要な外貨獲得手段になっています。
同国の経済の40%はガエサ(GAESA: Grupo Administracion Empresarial=営利事業管理グループ)と呼ばれる軍事機関が牛耳っています。ガエサは直接政治に介入する、法体系に働きかけるというようなことはしていませんが、ビジネス、ドラッグ、移民、人権問題には深く関わっています。いま米国政府はガエサに対して経済制裁を行っています。ガエサはキューバ要人の私的利益にかなり絡んでいると言われています。ガエサは外貨獲得のためホテル建設などを優先し発電インフラをないがしろにしてきました。それが停電の頻発というようなカタチで同国の経済活動を妨げる原因となっています。
キューバが世界の歴史に登場したのは1492年のクリストファー・コロンブスの航海が最初です。コロンブスはヨーロッパ人で初めてカリブ海の島々を発見した人で、1492年10月の初航海ではこんにちのバハマ、キューバ、ドミニカ共和国の順番で発見しました。
当時ヨーロッパは中世から近代へと移行している最中で、スペインではレコンキスタによりグラナダが回教徒からキリスト教徒の手に戻りました。一方イタリアではルネッサンスが起きていてミラノではレオナルド・ダ・ビンチが活躍していました。日本は戦国時代に突入していました。
キューバは1950年代までラテンアメリカの中では比較的豊かな国でした。首都ハバナには高級ホテル、カジノ、ナイトクラブなどがあり裕福層は良い暮らしをしていました。しかしサトウキビの栽培をしている農村では土地所有の偏り、サトウキビ収穫期のみ雇用があり、その他の時期は仕事が無いなどの問題がありました。
軍人出身のフルヘンシオ・バティスタは1952年に軍事クーデターを起こし言論統制、野党の弾圧などを行いました。それに対して立ち上がったのがフィデル・カストロで、1953年にモンタガ兵舎を襲撃、これに失敗し、投獄されます。その後、恩赦で釈放され、亡命先のメキシコでチェ・ゲバラに出会います。
この二人は1956年にグランマ号でキューバに上陸し、シエラ・マエストラという山にゲリラの本部を置きます。バティスタ政権が腐敗するとともにゲリラに対する支持が増し、1959年1月1日、バティスタは国外に逃亡、カストロ政権が誕生しました。アメリカはカストロ政権の転覆を狙い1961年にピッグス湾上陸作戦を行いますがこれが失敗します。1962年にはソ連がキューバに核ミサイルを持ち込もうとして、いわゆる「キューバ・ミサイル危機」が起こります。そのようなことを経てカストロ政権はだんだんソ連型の社会主義を採用するようになったのです。
いまロシアや中国は市場経済になっており、もう計画経済ではありません。キューバだけが旧態依然とした社会主義です。それでもラウル・カストロの時代から個人事業の容認、小規模民間企業の合法化、不動産売買の緩和など、少し計画経済が緩みつつあります。