1970年代の2つのオイルショックを振り返る
2026年3月16日 02:18
2月28日に始まったアメリカとイスラエルによるイランへの攻撃でホルムズ海峡の航行が困難となり「第三次オイルショック」とも呼べるエネルギー危機が到来しています。そこで(一体、第一次オイルショック、第二次オイルショックとは何だったの?)ということを今一度振り返ることは今後の相場を考える上で意義あることだと思います。
第一次オイルショックは1973年に始まったヨム・キプル戦争が発端です。ヨム・キプルとはユダヤ教の重要な休日を指します。
戦争を仕掛けたのはエジプトのアンワル・サダトです。彼の前任者はガマル・アブデル・ナセルというカリスマ的な大統領で、ナセルは汎アラブ主義を強力に押し進めました。
しかしその派手な立ち回りの裏でエジプトの財政は破綻の危機に瀕していました。サダトは軍事支出を切り詰め、内政に専念するためイスラエルとの和解を目指しますがイスラエル側は聞く耳を持ちませんでした。
サダトはシナイ半島がイスラエルに占領されている限りイスラエル側には譲歩のインセンティブは無いと判断し、奇襲攻撃でイスラエルをシナイ半島から駆逐することを極秘で計画します。そしてシリアと示し合わせ、10月6日、エジプトの対岸のシナイ半島に攻め込むと同時にシリアはゴラン高原からイスラエルに侵入します。これがヨム・キプル戦争です。

シナイ半島に進軍するエジプト軍
(出典:ウィキペディア)
緒戦はエジプト側の大勝でイスラエルはあっという間にシナイ半島から駆逐されそうになります。
これに驚いたアメリカはイスラエルに兵器などの支援を行うことを急遽決定します。それにアラブ諸国が反発し、10月16日にクウェートで開催された石油輸出国機構(OPEC)のサミットでアメリカに石油を売らないことを決めます。
これを受けて原油価格は3ドルから12ドルまで上昇しました。
S&P500指数はヨム・キプル戦争直前は111.09でしたが12月3日までに93.9まで−15%の下落を演じます。その後NY株式市場は一進一退の展開になりますが1974年の7月にウォーターゲート事件が発覚、最終的にはニクソン大統領が辞任しました。このとき7月から10月にかけてS&P500指数は−22%を記録しました。
これらの2つの大きな下げを合計すると、第一次オイルショックではマーケットは−48%下げた計算になります。
なおヨム・キプル戦争が勃発する前、米国市場では「ニフティ・フィフティ」とよばれる50前後の成長株がチヤホヤされるテーマ相場が展開しており、ちょうど現在の「マグニフィセント・セブン」同様、ごく一握りの銘柄が指数を牽引していました。ニューヨーク市場の株価収益率は19倍で、当時としてはとても高かったです。
ところが原油高でインフレになると株式バリュエーションは剥落しはじめ、第一次オイルショックが収まった頃には米国市場のPERはわずか7倍にさがりました。つまり大きなマルチプル・コントラクションが起きたのです。
「ニフティ・フィフティ」の多くは株価が7分の1から8分の1になり、たとえばマクドナルドのPERは80倍→18倍へ、ゼロックスは40倍→10倍へ、ポラロイドは90倍→14倍に下がりました。
次に第二次オイルショックですが、こちらは1978年に起きました。
キッカケになったのはイランのアバダンの石油労働者たちのストライキです。メディアがイスラム教の聖職者、アヤトラ・ホメイニ師をからかったことが信心深いイランの国民の神経を逆撫でし、国内が騒然となり、米国の傀儡政権だったシャーは国外へ逃亡します。このときのS&P500指数は99.46でした。
その後、国外に亡命していたホメイニ師がシャーと入れ替わりにイランに戻り、最高指導者の座に就きます。
ちょうどその頃、アメリカではスリーマイル島の原発が事故を起こし、住民が避難する騒動が起きました。これはイランとは無関係ですが、結果的にはエネルギー危機をアメリカの国民に思い出させることになりました。
イランはアメリカに石油を売らないと宣言し、原油価格は15ドルから39.5ドルへ急騰します。
11月4日には在テヘランのアメリカ大使館に学生たちが乱入し、大使館員たちを人質にとり444日間拘束する事件が起きました。その時のS&P500は101.2でした。
第一次オイルショック時、NY市場は急落したのに第二次オイルショックのときは指数は横這いだった理由は前者が始まる前は米国株式市場で支配的なセクターは消費循環セクターであり、指数の14%を占めていたのに対し、後者がはじまったときは既にエネルギー・セクターが指数の22%に達していたからです。石油危機はオイル株にとって追い風だったので、指数は持ちこたえたというわけです。
いまS&P500に占めるエネルギー・セクターの比率は4%に満たず、第一次オイルショック当時の7%よりさらにアンダーウエイトになっています。