エプスタインの遺産の受取人の名前が公表される チャールズ・ディケンズの「荒涼館」的世界が展開
2026年2月4日 14:12
ジェフリー・エプスタインは死の数日前に獄中から弁護士に指示し、トラスト(信託)を設定しました。938億円は被害者向け基金の設立、USヴァージン諸島との和解、弁護士費用、税務・フォレンジック会計費用、流動性の喪失などにより、時間がかかればかかるほど価値が減る構造となっており、現在187億円まで消耗しています。これはチャールズ・ディケンズの小説「荒涼館」で描かれた「ジャンダイス対ジャンダイス」の終わらない遺産訴訟の世界観です。そこでは弁護士や管財人などの専門家だけが確実に儲かり相続人の受取額はそれらプロフェッショナルへの支払いでどんどん消耗、気がついたら価値は蒸発している…ということが発生しているのです。「法は正義を生む前に、時間と金を食い尽くす」わけです。
なおエプスタインが死亡直後に報じられた938億円の中身はニューヨークやUSヴァージン諸島の不動産、現金、株券、PEなどの未評価持ち分などを合算したグロス金額です。
その時点では訴訟コスト、被害者補償、税務・管理費、凍結・差し押さえなどは未反映です。
いまの187億円はすでに支払われた上記の金額を控除した残余価値に近いと言えます。
なお、エプスタインの右腕だったギレーヌ・マックスウェルは僅か15.6億円しか受け取りません。最も多い金額はカリナ・シュリアックで156億円です。その理由ですが、マックスウェルにお金を残したところで、受け取った瞬間に民事差し押さえや被害者請求が来ると思うので、残しても消える確率が高かったからだと思います。言い換えれば、多く残した相手は感情的に大事だった人ではなく、法的に安全で合理的な受け皿だった人というわけです。もちろん受益者にはレピュテーション・リスクが残ります。
受益者であることと事件との関与や違法行為への加担はまったく別次元であることを理解する必要があると思います。
さて、そもそもトラストを設定する目的はプロベート(検認裁判)を回避することにあります。プロベートでは裁判所が遺言の有効性を確認し、債権者を確認した上で、資産分割の監督をします。これは時間がかかるプロセスですし誰が何を相続したか公開情報として一般に晒される上に裁判で争われやすいです。自分の死後に、資産と家族を法定の明るい照明の下に置かれるわけです。これを回避し、プライバシーを守る目的がトラストというわけです。
一般的なリビング・トラスト(生前信託)は本人が生前に設定し、死亡時に遺言(プロベートの対象になる)を通さず受益者に資産が移転するという、相続手続きの簡素化のための道具です。しかしエプスタインが設定したトラストは受益者が家族中心ではないし「黒幕が相続したのでは?」とか「クライアント・リストに名前が出た人が受益者では?」という憶測を先回りで否定する必要があるため、敢えて受益者を公表したのだと思います。
エプスタインが938億円の富を築いた背景は、もともとダルトン・スクールというマンハッタンのアッパー・イーストサイドにある私立小学校の算数の先生だったジェフリー・エプスタインが、生徒の父兄の紹介でベア・スターンズのアラン・エース・グリーンバーグに紹介され、彼のアシスタントとして採用されたことに端を発します。
このベア・スターンズ時代に伝説的トレーダーの小間使としていろいろな人脈を作り、それを利用して独立、自分のヘッジファンドを立ち上げたというわけです。
普通、ヘッジファンドは2&20という報酬体系を取っており、年間フィーが2%、パフォーマンス報酬が利食いの20%となっています。
エプスタインの運用の腕前は兎も角、アセット・ギャザラー(=営業マン)としての手腕はかなりのものだったと思います。そしてその武器は異様な接待ネットワークでした。
大富豪、政治家、王族、学者などが彼のクライアントでしたが、これは運用で勝っている人ではなく、アクセス(コネ)を売っている人の振る舞いと言えます。
つまりエプスタインの「島」や「邸宅」や「プライベートジェット」は営業フロアそのものだったのです。
しかも記録が残らない、お互いに弱みを共有することで顧客を強固に繋ぎ止めることが出来ます。
言い換えれば、この機構は最初から文書化されないことを前提に注意深く設計されていました。
普通、ヘッジファンドでは年率リターンとか、ドローダウン回避とかが重要ですが、エプスタインはそのようなパフォーマンスは一切売っておらず、他では得られないアクセス、排他的な人脈、影響力、内側にいる感覚などを売っていたのです。
エプスタインの資料に名前が載っていた、同席していた、行動をともにした…という事実だけでは犯罪の構成要件、故意、関与などを立証できません。世間は「名前が出ていたから…知っていたはずだ!」と断定しますが、法廷では知っていた可能性、憶測、雰囲気では判決は出せないのです。
もちろん名前が出ていた人の道徳的評価は下がるしレピュテーションも傷つきますが、「あれだけ多くのことが起きて、殆ど誰も牢屋に行かない」というモヤモヤ感が出る理由は法制度と感情のズレから生じていると思います。