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イラン情勢で原油価格はどうなる?

2026年1月11日 20:31

去年イスラエルがイランに対してミサイル攻撃して以来、イラニアン・リアルは-40%暴落しました。それはインフレを誘発しバザール商人たちは困窮を訴えています。

この二週間、イランではデモ行進が繰り返され革命が起きる雰囲気が充満しています。
 
いまイランでは政府がインターネットを遮断しておりデモの全貌を掴むことが難しいです。テヘランだけでなく地方都市にもデモ行進が広がっています。それに対して政府が発砲、これまでに少なくとも65人が死に2000人が逮捕され、病院は撃たれた市民を介抱するため一般の受付を取りやめています。
 
いまのところイランの政権はデモを鎮圧するために強硬な態度で臨む様子を見せており政権が倒れる可能性は低いです。しかし国内外にはアメリカに住んでいるレザ・パフラヴィー(孫のほう)を担ぎ出し、政権交代を望む声も出ています。

イランの近代史は列強の影響力に抗する歴史でもありました。
 
1921年、ペルシャ・コサック師団の将校、レザー・シャー・パフラヴィーが2,500人の騎馬兵を率いクーデターを起こしテヘランを奪いました。
 
彼は不平等条約であるイギリス・ペルシャ協定を破棄しました。
 
1925年に皇帝に即位、パプラヴィー朝が始まりました。
 
司法改革、国民銀行設立、徴兵制度の導入、米国から財政顧問感を招聘、イラン縦貫鉄道建設、女性のヘジャーブ着用の禁止、教育改革などを押し進め、イランの近代化の父になりました。
 
一方、イギリスはウインストン・チャーチルが海軍の燃料を石炭から重油に切り替える重要な決定を行っており、その石油の大半はイランのアバダンからもたらされていました。第二次世界大戦が勃発し、ドイツが南下し、アバダンを盗るとタイヘンなことになるので1941年、イギリスとソ連の連合軍がイランに進駐、石油施設の守りを固めました。
 
このときレザー・シャー・パフラヴィーはフランクリン・ルーズベルト大統領に仲裁を求めたもののルーズベルトから拒否され、イギリス・ソ連連合軍の進駐で22歳だった息子に帝位を譲り、モーリシャス島に亡命、1944年に南アのヨハネスブルグで死去しました。
 
父であるレザー・シャー・パフラヴィーが軍人で力による支配を進めアメリカ寄りの政治を行ったことに対し、子供の頃からスイスの私立寄宿学校ル・ロゼに留学した息子のモハンマド・レザー・シャーはどちらかといえばドイツに傾倒しました。
 
イランの石油はアングロ・イラニアン石油会社(AIOC)に牛耳られており利益の大部分はイギリスに持ち帰られていました。
 
ベネズエラが産油国として初めて「50:50の利益折半」という政策を打ち出し、世界の産油国が自分たちの取り分を引き上げることを働きかけ始めました。
 
イランではモハンマド・モサデック首相が1951年に石油国有化法を可決させて英国から石油の利権を取り返しました。この完全国有化をイギリスは不服とし、イランに攻め込む計画を立てますがアメリカは武力行使には反対でした。
 
ただイランの石油がソ連の手に落ちるとやばいことになるのでCIAのスパイ、カーミット・ルーズベルトをイランに送り込み、プロパガンダによるデモ行進誘発から政府転覆へと導くアジャックス作戦を展開しました。この作戦は最初大失敗かと思われ、モサデックと対立関係にあったモハンマド・レザー・シャーは海外に亡命します。ところが途中で風向きが変わり、民衆の蜂起でモサデック政権は倒れました。
 
モハンマド・レザー・シャーは海外亡命からイランに帰国し、経済成長と西欧化を目指す政策に着手、とりわけアメリカと親密な外交政策を敷きます。テヘランはミニスカートの女性で溢れ、「東のロサンゼルス」と言われました。
 
1973年の第一次オイルショックの後、原油価格が下がった時、貧富の差の拡大からモハンマド・レザー・シャーへの反発が強まり、イスラム教の指導者であるアヤトラ・ホメイニ師を中心として1979年にイラン革命が起きました。モハンマド・レザー・シャーはアメリカへ亡命しました。
 
現在、イランは350万バレル/日の原油を生産しており、これは1970年代のピークの時の約半分です。生産高ベースでは世界の7位前後、生産高シェアでは3%程度です。イランは核開発で経済制裁を受けている関係でこの生産高は同国のポテンシャルよりずっと低い数字となっています。
 
確認埋蔵量の観点からは1,550億バレルで世界第4位です。ただしベネズエラとカナダはヘビー・オイルなので、それを除けばサウジアラビアに次ぎ第二位です。
 
天然ガスでは確認埋蔵量34兆立法メートルで世界第二位です。確認埋蔵量のシェアは17%です。同国には液化天然ガスを輸出する施設がありません。
 
ベネズエラのマドゥロ大統領が拘束された際、私は「これが原油価格に与える影響は小さい。むしろ将来は増産により原油価格押し下げ要因かも」と考えました。
 
これと対照的にイランの現在のゴタゴタは市場関係者から軽視され過ぎていると思います。もしイランで新たな革命が起きた場合、原油価格は瞬間的に急騰するリスクもあります。銘柄的にはぜんぜん手垢がついていないペトロブラス(PBR)が良いと思います。

(出典:マーケットサージ)