ウエルズファーゴ
2025年12月11日 22:08
ウエルズファーゴ(WFC)はアメリカ西部開拓期に創業されました。
その話に入る前にウエルズファーゴを創業した人たちが、一体、どういう経歴の持ち主だったのかを説明した方が良いと思います。
ヘンリー・ウエルズとウイリアム・ファーゴはジョン・バターフィールドと組み、3人でアメリカン・エクスプレスという急便の会社を1850年にニューヨーク州バッファローで立ち上げました。当時のアメリカ北部では郵便が遅い、貴重品の輸送が危険などの問題がありました。そこで「速達」のサービスを提供する会社としてアメリカン・エクスプレスが発足したのです。
折から1848年にカリフォルニアで金鉱が発見され、ゴールドラッシュが起きました。ヘンリー・ウエルズとウイリアム・ファーゴは「急いでカリフォルニアに進出しよう!」と提案します。しかし最後のパートナー、ジョン・バターフィールドは「あんな無法地帯は嫌だ!」と反対し、やむなくウエルズとファーゴは2人で別会社、ウエルズファーゴを立ち上げます。

そういう「兄弟店」の関係だったことで、当初アメリカ東部はアメリカン・エクスプレスが、西部はウエルズファーゴが担当するという棲み分けがありました。
その後アメックスはトラベラーズチェック→アメックス・カードのビジネスに注力し、一方、ウエルズファーゴは銀行業に特化しました。
第二次世界大戦後、カリフォルニアは人口が爆発し、黙っていても急成長できる環境にありました。
1998年に米国中西部ミネアポリスに本社を置くノースウエストがウエルズファーゴを買収、ブランドはウエルズファーゴの方を残しました。ノースウエストはとりわけ住宅ローンに強い優良銀行でした。
2008年、リーマンショックが起きた時、ウエルズファーゴはノースカロライナに本社を置くワコビアを救済買収します。これで米国西部→中西部→東部という全米ネットワークが完成したのです。
ウエルズファーゴは収益性で他の銀行を引き離していました。
しかしその背後では経営陣の徹底した利益の追求、ノルマの要求などがありました。行員に対しプレッシャーをかけ過ぎたことが、ノルマ達成しあぐねていた一部行員による架空口座開設問題へと発展しました。同行のシステムで、クライアントのPIN番号を0000にセットすると担当バンカーがそのアカウントの内容を改ざんすることが出来る「テク」が一部行員の間で知れ渡り、350万口座もの架空口座が作られ、そのうち8.5万口座で合計200万ドルの手数料やフィーが発生したのです。
ウエルズファーゴの顧客は、自分が知らない間に新しい口座が開設されていて、身に覚えのないフィーが発生したというわけです。
この問題を2016年9月にLAタイムズがスッパ抜き、消費者保護局から1.85億ドルの罰金が課せられました。
連邦準備制度理事会が同行に対し「総量規制」を打ち出し2019年12月に53ドルしていた同行の株価は2020年2月には20ドルまで下落しました。
現在同行は時価総額で全米第3位に落ちています。

2025年、ようやく「業容を拡大して良い」という許しがFRBから出て、いまウエルズファーゴは普通に事業拡大を目指せるようになっています。
ほんらいウエルズファーゴはコカ・コーラやアメックスのような「オール・アメリカン・ブランド」が大好きなウォーレン・バフェットのコア銘柄だったことからもわかる通り、極めて神通力のあるブランドです。しかしそれが架空口座問題で毀損してしまったのです。いま同行はそのブランド・イメージをゆっくり修復しつつあります。
ウエルズファーゴの事業内容はJPモルガン、バンクオブアメリカ、シティに比べてリスクが小さいです。その分、ほんらいであれば高い株価収益率で取引されてもおかしくありません。でもいまは低いPERに甘んじています。
