ゴールド・セールス・プログラムの教訓
2025年10月27日 20:24
金価格は高値圏にありますが、ひとつの潜在的な売り手は産金会社です。
1990年代、産金会社によるヘッジ売りがゴールドの需給関係を圧迫しました。当時の状況に対する反省から、産金各社はヘッジ売りに消極的です。しかしゴールドの長期ブル相場が終われば、また昔と同じような状況が現れないとも限りません。
この手法を多用したのは当時世界最大の産金会社だったバリック・ゴールドです。バリック・ゴールドは立志伝中の起業家、ピーター・ムンクによって始められた会社で、ネバダ州のゴールドストライク金山への投資がまんまと大当たりし、バリックは一躍大手企業にのし上がりました。
しかし1990年代に入ると金価格は右肩下がりで推移しました。インフレ率は低く、世界の中央銀行は金の準備を処分し、投資家は金ならびに金鉱株への投資に消極的でした。
このような事情を背景にバリック・ゴールドは向こう2年分前後の生産を先物市場で売建て、価格をロックインしたわけです。生産者によるこのようなヘッジ行為を当時はゴールド・セールス・プログラムと呼んでいました。
先物市場ではコモディティの生産者は優遇されます。たとえば大豆やトウモロコシを生産している農家は、一般の投機家より遥かに安いコスト、高いレバレッジで売りポジションを建てることが許されているのです。なぜなら、農家はいずれ農作物を収穫し、それを買い手に届けることは確実であり、契約不履行のリスクは純粋な投機筋より遥かに低いためです。
ゴールドの先物市場における生産者の立場も全く同じで、産金会社は40倍のレバレッジ(コントラクト・サイズ÷マージン金額)でポジションを建てることが出来ます。一方、一般の投機筋は最大20倍です。
相場が右肩上がりで産金会社のヘッジ意欲が低いときは、この産金会社の潜在的な売りパワーは問題になりません。
しかしひとたび相場が右肩下がりになると産金会社が将来の生産をヘッジしておきたい誘惑は、とても大きくなります。
その一つの理由はゴールドのブームで、採掘コストもどんどん上昇中だからです。露天掘りの現場で超大型トラックが、すり鉢状に山をどんどん削り、その岩石を運び出す際、トラックは沢山の燃料を消費するし、人間の身の丈の何倍もあるような巨大なタイヤの摩耗も激しくなります。そのような理由から採掘コスト(=ASCIと呼ばれます)はスルスル上昇するのが常なのです。
先物価格で、期先(遠い将来)のコントラクトほど価格が高い状況をコンタンゴと言いますが、そのような状況になっている限り(=いまはコンタンゴです)産金会社はスポット価格との差額をポケットに入れることが出来ます。
すると産金会社が特権的に認められた高いレバレッジを利用して、どんどん先物を売る……だからゴールド価格が軟調になる……するとそれに輪をかけたように更に産金会社がゴールドを売る、、、そういう自分の首を締めるような売りが横行するようになります。
私は1988年にニューヨークに来て、当時務めていた投資銀行が産金会社と沢山ビジネスしていたので、このトンマな光景を目の当たりにしました。泥沼にはまり込むような感じで、なかなかその悪循環から抜け出せなかったのです。
いま殆どの市場関係者はゴールドに対してカンカンの強気です。しかし、騰がり過ぎたものは自然に売り圧力が蓄積するのは相場の自然な真理なのです。