レジーム・チェンジか? レジーム・サバイバルか?
2025年6月23日 13:43
米国はB-2ステルス爆撃機でイランの3箇所の核施設を爆撃しました。米国側は「核施設は壊滅的に破壊された」と発表しました。衛星写真では核施設を建設する際に必要だった垂直シャフトをめがけてキレイにバンカーバスターと呼ばれる大型爆弾が命中していることがわかりますが、核施設そのものが地中奥深くにある関係で、地表の写真を見る限り、中がどの程度壊れているのかはわかりません。放射能漏れは検出されていませんし、イラン側の死者はゼロだったそうです。
このことはつまり濃縮核は既に別の場所へ移動済みだったことを示唆しています。また核施設のスタッフも避難を済ませた後であり、イランの核プログラムが壊滅的な打撃を受けたとは断言できません。
イスラエルは核プログラムだけでなく、イランの現政権を追い落とす、いわゆるレジーム・チェンジを視野に入れています。
アメリカはトランプ大統領がイランの最高指導者ハメネイ師の爆殺にOKを出さなかったことからも、レジーム・チェンジへの意欲は薄いです。
イランが今フォーカスしていることは、レジーム・サバイバルだと思います。
イランの政治は高度に機関化、組織化されており、ハメネイ師ひとりを殺したところでレジーム・チェンジは起きません。言い換えれば上から下までイランの政治システムは反イスラエル、反米で染まっているということです。
イランの憲法ではハメネイ師が死んだ場合はペゼシキアン大統領、ゴラム・フセイン・モシェニ・エジェイ司法相、監督者評議会代表の三者からなる評議会に移されることになっています。評議会はハメネイ師よりもっと対米強硬派になると予想されます。
過去にイランでレジーム・チェンジがあったか? と言われれば、それは5回起きています。
1921年、レザ・シャー(ペルシャ・コサック旅団)がクーデターで政権奪取。
1941年、レザ・シャーは息子のモハンマド・レザ・シャーに政権を奪われている。
1951年、モハンマド・モサデクが政権を奪取、AIOCを国有化。
1953年、米国がカーミット・ルーズベルトの画策でもモサデク政権を転覆。シャーを傀儡政権として据えた。
1979年、イラン革命。ホメイニ師登場。
と言った具合です。
最後のイラン革命の後、イスラム革命防衛隊が設立されています。そして現在あるような極めて組織化された指導体系が確立されました。この点において独裁者サダム・フセインひとりに依存度が高かったお隣のイラクとはかなり政治体制が違います。
もしイスラエルやアメリカがハメネイ師を消せば、イスラム革命防衛隊主導の独裁政権が誕生する可能性が濃厚です。これはレジーム・チェンジどころか悪化になると思います。
さて、イランの観点からすれば今もっともフォーカスしていることはレジーム・サバイバルです。イランの現政権は国民からの人気、支持は低いです。長年に渡ってイラン国民は自国の政治家ならびに政治体制に抑圧され、恨みをもっていました。そこがたとえば現在のウクライナの情勢と大きく異なる点です。言い換えれば民心は一つではないということです。
このためレジーム・サバイバルにあたり、イランの幹部は「イスラエル、アメリカの横暴に対して立ち向かった!」という、いわば**「蕎麦屋の出前」風の言い訳、ないしはポーズを示す必要があります。**
そこでたとえば十分事前に警告を発した上で、イラクの米軍キャンプに対してミサイル攻撃するなどの「反撃」を演出する可能性があります。それに対して米国はトマホーク・ミサイルをイランに打ち込むことが予想されます。
これに応えるカタチでイランはホルムズ海峡を航行するタンカーに対して海賊行為を行う、ないしはホルムズ海峡に機雷を敷くという可能性は排除できません。
しかし;
1. 今回の米国の攻撃では放射能漏れは検出されなかったし、イラン側の死者もゼロだった
2. トランプ大統領はレジーム・チェンジへの意欲は無い
3. イラン側は国民に対して「いまやってます!」式のアピールをする必要がある
4. ただし実質的にはアメリカを向こうに回して戦えるような軍事力は持ってない
ということから、「ポーズの反撃」、そして「ポーズのホルムズ海峡封鎖」あたりに落ち着く可能性が高いのです。
私がフォーカスしているのは、戦争そのものの帰趨ではありません。「戦争だ!」という見出しが、米国民の消費などの経済活動に与える心理的な影響を注視しています。具体的には住宅着工件数は金利の影響を受けやすく、原油価格上昇の折、連邦準備制度理事会は利下げしにくくなるので、それが宅建業界のマインドを挫くのではないか? というような点を注視しているのです。