インドがカシミールでのテロへの報復としてパキスタン領カシミールならびにパキスタン国内のテロリストのアジトに空爆
2025年5月7日 18:27
インドが4月22日にインド領カシミールで発生した観光客に対する襲撃への報復としてこのテロを計画したパキスタンのテロリスト・グループのアジトに空爆を加えました。インド側は「これは限定的な攻撃だ」としています。
まずカシミールを説明します。
カシミールはヒマラヤ山脈西端の、まるでスイスのような美しい山岳地帯です。インド、パキスタン、中国の国境が接している場所で、冬は雪に閉ざされますが夏は美しい自然景観が観光資源になります。カシミール織りのショール、絨毯、サフラン、くるみ、果実で有名です。
宗教的にはイスラム教徒、ヒンズー教徒、シーク教徒などがまったく混在しており、それがこの地域をひとつの国へ帰属することを難しくしてきました。
もともとカシミールは英国がインドを植民地としていたとき、その植民地の中に含まれていました。
第二次大戦が終わった時、国力を使い果たした欧州の列強は、次々に植民地を手放すことになったわけですが、英国もいつまでもインドを植民地としているわけには行かず、独立を認めました。その後、1947年にイスラム教徒の住むパキスタンとヒンズー教徒の住むインドを別々の国として切り離したのです。(その際、バングラデシュはイスラム教徒だったので「東パキスタン」と呼ばれ、「西パキスタン」、つまりいまのパキスタンから支配されました)
しかしカシミールは上に述べた通り色々な宗教の人たちが混在していた関係で英国はその帰趨を保留しました。
そしたらインドとパキスタンがそれぞれにカシミールの領有を主張しはじめ、それが今日まで紛争の原因となっているのです。おおまかに言えばインドに隣接する南カシミールはインド領(正確にはジャンムー・カシミール連邦直轄領、ラダック連邦直轄領という呼び名)になりました。今回、観光客に対するテロ行為がおきたのも、このインド側の領地内でした。
一方、北のパキスタンに隣接するカシミールはパキスタン領カシミールであり、アザド・カシミール、ギルギット・バルティスタンと呼ばれる自治区ですが、外交、安全保障はパキスタンが掌握しています。
それ以来、1965年、1987年、1999年、2019年に、現在の紛争と似たような衝突が起きてきました。
なおパキスタン政府は公には今回の観光客へのテロ行為への関与は否定しており、表向きは「これは政府対政府の衝突ではなく一部分子の引き起こしたこと」という立場を取っています。
インドもパキスタンも核保有国です。しかしいまのところこの紛争が核戦争に発展するリスクは極めて小さいと思います。
株式市場のリアクションはインドのセンセックス指数は一度少しマイナスになったものの今は+0.12%に戻っています。パキスタンのKSE100指数は−1.95%です。
バングラデシュはカシミール問題とは全く無縁ですが、もともとパキスタンの一部だったことの連想から−1.91%となっています。