ドットコム・バブル崩壊一挙一動
2025年1月26日 17:47
私はドットコム・バブルが弾けた時、サンフランシスコにあるハイテク専門の投資銀行で働いていた関係で、バブル崩壊を目の当たりに経験しました。
崩壊前夜
ドットコム・バブルが弾けたのは2000年の春ですが、その直前の様子から振り返ってみたいと思います。
まず1999年は米国経済が絶好調の年でした。米国商務省経済分析局(BEA)が公表する前期比年率換算実質GDP成長率(最終改定値)は;
1999年第1四半期 3.7%
1999年第2四半期 4.5%
1999年第3四半期 5.7%
1999年第4四半期 7.0%
でした。GDPを牽引した一因は(現在と似ているのですが)ITへの設備投資です。当時は「Y2K問題」ということが心配されていました。「年が明けて、000という数字が並ぶと、コンピュータシステムが誤作動するかもしれない」というのがその懸念でした。当時は旧式なメインフレーム・コンピュータなどが未だ沢山使われていましたし、その他のIT機器もY2Kを乗り切れるかどうかわからなかったのです。
現在はAIブームでGAFAMに代表されるハイテク大手が中心となって積極的な設備投資が行われています。
一方、株式市場の好調で個人消費もとても強かったです。
インターネットさえ導入すれば、どんなビジネスでも急成長が見込めるという考え方が支配的でした。
S&P500指数の株価収益率はトレーリング(過去12ヶ月)ベースで29倍でした。なお現在のS&P500指数の株価収益率もトレーリング・ベースで見るとほぼ29倍です。
実際に年号が2000年に変わったとき、一部のウェブサイトで日付表示が誤ったり、エクセルの古いバージョンで年号表示がおかしくなるという問題は出ました。小規模のシステム障害も報告されました。しかし社会基盤を揺るがすような深刻なトラブルは皆無に近かったです。
崩壊
2000年3月になると一部の企業から利益警告が出始めました。特にドットコム関連やIT企業を中心に「予想したほど利益が伸びない」、「売上高が想定を下回りそうだ」というコメントが出ました。とりわけ「**設備投資がパッタリ止まってしまった!」**という阿鼻叫喚がシリコンバレー中から聞こえてきました。それもそのはず、Y2Kに備えるため各社が設備投資を前倒しにした反動が出たからです。いま振り返ってみれば当たり前のようなロジックですが、当時はいきなり鈍器で殴られたような不意打ち感が満載でした。
2000年3月20日、**マイクロストラテジー(MSTR)**が過去の売上計上会計処理を修正しなければいけないと発表、株価が1日で−60%暴落しました。
それ以外にも利益警告した企業としてはルーセント、デル、コンパック、スリーコム、インクトミ、ダブルクリック、イートイズ、ウェブヴァン、ペットドットコムなどが挙げられます。
なおナスダック総合指数の最高値は3月10日で5,048でした。ナスダック総合指数が大底を付けたのは2002年10月10日の1,108で、高値からの調整幅は−78%でした。
S&P500指数の高値は2000年3月24日の1,552.87、安値は2022年10月10日のザラバ768.63でした。
エンロンは特別目的事業体(SPE)を設立し、そこに損失や負債を移す不正が発覚し、倒産しました。この不正を見抜けなかった監査法人アーサー・アンダーセンは資格停止処分を受け崩壊しました。
ワールドコムは本来費用として計上すべき回線使用料を資本計上、それを長期に渡り減価償却する手法でコストを先送りし、当期の利益を嵩上げするトリックがバレて不正会計で倒産しました。
タイコ・インターナショナルは電子部品、防災システム、医療機器など多岐にわたる事業を展開していましたがデニス・コズロースキーCEOらが会社の金を流用、贈答品、美術品の購入、「ローマ式パーティー」を開くなどの浪費、横領、詐欺で有罪判決を受けました。
まとめ
ドットコム・バブルの崩壊は、足元の経済指標を点検するだけでは予知できませんでした。経済には何も悪いことはなかったのです。しかし企業業績、具体的には利益警告が異変を告げるキッカケとなりました。とりわけ設備投資の変調を次々に訴える企業が続出、それが不吉な未来を暗示したわけです。