トランプ大統領が「FRBはオレの言う事に耳を貸すべきだ」とコメント
2025年1月24日 06:11
トランプ大統領が「FRBはオレの言う事に耳を貸すべきだ」とコメントしました。
このように米国の大統領が連邦準備制度理事会(FRB)に対して働きかけた例は過去に幾つも存在します。
フランクリン・D・ルーズベルト大統領は恐慌対策として勝手に金本位制を停止し金の買い上げを行うなうと発表しました。それでFRBは面目丸潰れになりました。
ハリー・S・トルーマン大統領は第二次世界大戦の期間中、FRBに対して長期金利を低く維持するよう圧力をかけていました。しかしFRBはインフレ懸念から金利引き上げの自由を求め、最終的に1951年の「財務省-FRB協定(Fed-Treasury Accord)」で政府の金利固定政策から解放されます。これはFRBの独立性を回復させる大きな転換点でしたが、当時トルーマンは協定に対して強い不満を示し、政治的圧力をかけ続けたことが知られています。
リンドン・B・ジョンソン大統領時代は、ベトナム戦争の軍事費拡大と「偉大な社会(Great Society)」政策による財政支出の増大でインフレ懸念が高まりました。FRB議長ウィリアム・マチェスニー・マーティンはインフレ抑制を理由に利上げを模索していましたが、ジョンソン大統領は景気拡大と戦費調達のため金利を低く保ちたいと考え、強い反対を表明。有名な逸話として、ジョンソンがテキサスの私邸にマーティン議長を呼びつけて激しく詰問し、身体的にも押し付けるような形で圧力をかけたと言われています。マーティン議長はこの脅しに屈せず、歴代のFRB議長の中で1,2を争う、最も尊敬される議長となりました。
リチャード・ニクソン大統領は1972年の再選を目指す中で景気拡大を望み、FRB議長アーサー・バーンズに対して利下げ・緩和的金融政策をとるよう強い圧力をかけました。ニクソンのホワイトハウス録音テープからは、ニクソンがバーンズに対して「景気を良くするために金利を下げろ」と直接的に働きかける会話が残っており、バーンズはこれに屈しました。これはFRBの独立性が大きく損なわれた一例としてしばしば引用されます。結果的に、選挙前に金融が緩和されインフレを助長した面があると指摘され、後々大きな物価上昇(スタグフレーションの一因)に繋がったとも言われます。
ジョージ・H・W・ブッシュ大統領は1990年代初頭の景気後退期、FRB議長アラン・グリーンスパンに対してもっと金利を下げて景気を刺激すべきだと不満を示す発言をたびたび行いました。
ドナルド・トランプ大統領は就任当初、ジャネット・イエレン議長を批判し後任としてジェローム・パウエルを指名しました。しかし、パウエルがインフレや景気過熱を警戒して利上げを進めると、Twitterや演説で公然とFRBを批判しました。「FRBは気が狂っている(They're crazy)」「金利を上げすぎだ」「我々の経済成長を妨げている」といった強い言葉を用い、FRB議長の解任や降格を検討しているとも報道されました。
このようにFRBに対してプレッシャーをかけた大統領はトランプだけではありません。しかし金融の門外漢である大統領が金利政策に口出しすることは非効率かつ効果が薄いと考えられており、むしろ株式市場にとってはマイナスだという考えもウォール街では根強いです。