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新興国の通貨危機のエピソード 現在の状況との比較

2025年1月20日 04:38

タイのバーツ危機(1997年に始まるアジア通貨危機の発端)は、以下のような背景によって引き起こされました。

タイは長年にわたりバーツを米ドルにほぼ固定する政策をとっていました。固定相場制は、経済安定や貿易の利便性をもたらす一方、タイの輸出競争力が下がっても為替レートを柔軟に調整できず、バーツの過大評価を招くことになりました。

1990年代前半から米ドルは強含みで推移しており、それに連動する形でバーツも実態より強い水準を維持することになりました。これは輸出の不振や経常赤字の拡大につながり、外国投資家に「バーツはいずれ切り下げが避けられない」と見なされる一因となりました。

1990年代初頭、タイ政府は金融市場を自由化して海外からの投資や融資を積極的に受け入れました。低金利の海外資金が大量に短期で流入したことで、タイ国内の不動産や株式市場が過熱し、バブルが形成されました。

銀行やノンバンク(金融機関以外の貸金業者)が、不動産投資や株式投機に対して過大な融資を行いました。加えて、融資の資金源が短期の海外借入であったため、外的ショックに対する脆弱性が高まっていました。しかしこの間、金融機関のリスク管理や監督機能の強化は十分に行われなかったとされています。

バーツ高や世界経済の動向の影響で輸出が伸び悩んだ一方、国内景気の過熱によって輸入が増大し、経常赤字が急拡大しました。

タイ中央銀行(タイ銀行)はバーツを守るために、外貨準備を使ってドル売り・バーツ買いの為替介入を続けました。しかし経常赤字や資金流出が重なり、タイの外貨準備は急速に目減りしていきました。

経常赤字の拡大や金融セクターの不良債権増大などによって、海外投資家はバーツ安を予期するようになりました。ヘッジファンドをはじめとする投機筋は大規模なバーツ売りを行い、バーツ防衛を図る政府・中央銀行との攻防が激化しました。

タイ銀行はバーツを固定相場制で支えようと大量のドル買い(=バーツ買い)介入を実施しましたが、外貨準備の枯渇が迫り、1997年7月2日にバーツのドルペッグを断念、バーツを変動相場制に移行しました。結果的にバーツは急落し、いわゆる「バーツ危機」が本格化したのです。

タイの通貨切り下げをきっかけに、外国投資家や投機筋は他のアジア諸国の通貨・株式にも不安を抱くようになりました。その結果、インドネシア、韓国、マレーシア、フィリピンなども通貨や株式市場が急落する連鎖が起き、アジア通貨危機へと発展しました。IMF(国際通貨基金)はタイを含む複数国に金融支援パッケージを提供し、各国は構造改革や金融システムの立て直しを迫られることになります。

1997年のバーツ危機当時と現在の状況を比較すると、現在のタイは総じて「より安定的な経済基盤」を築いているといわれます。

1. 為替相場の水準
当時(1997年前後)

  • バーツは事実上のドル固定(ペッグ)制を採用し、1ドル=約25バーツの水準を維持していました。
  • しかし経常赤字の拡大や投機筋の攻撃を受けてバーツ防衛が困難となり、1997年7月に変動相場制へ移行。短期間で1ドル=40〜50バーツ台まで急落しました。

現在

  • タイは変動相場制を継続しており、バーツは市場原理によりおおむね1ドル=30〜35バーツ程度(時期による変動あり)で推移してきました。
  • 外貨準備も危機当時よりはるかに厚く、短期的な投機攻撃や資本流出への耐久力が高まっています。

2. 経常収支の面
当時(1990年代半ば〜後半)

  • 輸出の伸び悩みと輸入の増大、さらには過度な海外資本流入によるバブルで、経常赤字が対GDP比で大きく膨らんでいました(6〜8%程度の赤字とされる時期もあり)。
  • この大幅な経常赤字が「通貨切り下げが避けられない」と見なされる一因となり、投機的なバーツ売りを加速させました。

現在

  • 2000年代以降、貿易構造の改善や輸出の拡大、また観光収入の増加なども相まって、タイは総じて経常収支が黒字基調、または小幅の赤字にとどまる傾向が強いです。
  • 近年は世界景気やコロナ禍、観光需要などによって変動はあるものの、1990年代当時のような巨額赤字を抱えてはいないとされています。

3. 財政収支の面
当時(1997年頃)

  • タイ政府自体の財政収支は表面上は大きな赤字ではありませんでした。しかし金融セクターの不良債権処理や金融機関救済(公的資金注入)によって、結果的に政府債務が急増する事態に陥りました。
  • IMF支援プログラムなどで緊縮的な財政・金融政策を強いられました。

現在

  • タイ政府は危機後の教訓から、財政規律を比較的維持してきました。
  • 新型コロナ禍で財政赤字が拡大した時期はあるものの、公的債務の対GDP比は新興国としては中位程度に収まっており、財政破綻のリスクは低いとみられています。
  • また、金融システムに対する規制・監督体制も1997年の経験を経て強化されており、当時のような不良債権の爆発的増加は抑えられています。

4. 雇用市場の面
当時(1997年前後)

  • バブル期には不動産や金融に過剰な雇用・投資が集中していましたが、バブル崩壊で大幅な失業率の上昇を経験しました。特に農村部への「逆流」や都市部の大量解雇が社会問題化しました。

現在

  • 1997年当時ほどの極端なバブル依存経済ではなく、製造業やサービス業(特に観光)などに産業構造がより多様化しています。
  • 公式統計上の失業率は低め(1〜2%台)で推移することが多いものの、タイは非正規・インフォーマルセクターが大きい点に留意が必要です。
  • コロナ禍では観光産業の落ち込みから一時的に雇用に悪影響があったものの、長期的には1997年の危機時ほどの深刻な失業率急上昇には至っていないとされます。

インドネシアは、タイのように「明確なドル固定相場制(ペッグ制)」を採用していたわけではありません。当時(1990年代)はインドネシア独自の為替制度として「管理フロート制(いわゆる“ディルティ・フロート”)」や「クロール制(crawling band)」と呼ばれるしくみを用いており、ドルとの完全な固定レートではなく、ある程度の変動幅を設定したうえで中央銀行が為替介入を行うという形でした。

1997年7月にタイがバーツのドルペッグを放棄し、バーツが急落すると、投資家のリスク回避姿勢が高まり、アジアの他通貨にも疑念が生じました。これを受けてインドネシア・ルピアも大きく売られるようになり、中央銀行による為替介入だけでは防ぎ切れなくなります。1997年後半以降、インドネシアは為替バンドを拡大しながら介入を続けましたが、最終的に大量の資本流出が起き、1ドル=2,000ルピア台から1万〜1万5,000ルピア台まで一気に暴落する事態に陥りました。

ロシアのルーブル危機(1998年8月のロシア財政危機)は、アジア通貨危機の「直接的な原因」とは異なる側面が大きいですが、アジア危機が世界的に投資家のリスク回避姿勢を高めたことで影響を受けた面もあります。1997年のアジア通貨危機を発端として、新興国市場から資金を引き揚げる動きが強まったため、ロシアの国債市場や株式市場などへの資金流入も減少・流出に転じやすくなりました。当時の原油価格など資源価格の低迷は、ロシアの輸出収入や政府財政に影響し、投資家がロシアの財政・通貨に対して懸念を強める要因となりました。ロシア政府は税収基盤が脆弱であるにもかかわらず、短期国債(GKO)などで資金を調達し、高い金利で借り換えを続けていました。そのため国内外の投資家が「政府の返済能力への不信感」を強めました。市場経済への移行期にあり、政府の税収管理は未整備。大企業や地方政府との利害関係の複雑さもあり、政府が十分に税金を徴収できない構造的な問題が存在していました。エリツィン政権下での政治的混乱に加え、民営化の過程で生まれた新興財閥(オリガルヒ)と政府の関係が複雑化し、経済政策や財政再建策の実行力が乏しいと見なされていました。通貨防衛や対外債務の返済を支える外貨準備が十分でなく、国債利回りの急騰に対処するために金利を上げても短期国債の借り換えが困難になり、中央銀行のドル売り介入にも限度がありました。

ロシア政府は高金利で膨らむ短期国債の返済を維持できなくなり、一部デフォルト(債務不履行)を宣言。同時にルーブルを事実上切り下げ(変動相場へ移行)しました。ルーブルは急落し、輸入物価が高騰してインフレが再燃。銀行セクターは国債運用の損失と預金流出による破綻が相次ぎました。

1997年のアジア通貨危機当時はドルが強含みで推移しており、それが新興国(特に固定相場制や準固定相場制をとっていた国々)の通貨防衛コストを高める一因でした。現在(特に2022年以降)も米国の利上げに伴うドル高傾向が続き、新興国や途上国の通貨・債務に圧力がかかっているのは事実です。
ただし、1990年代後半の教訓を経て多くの新興国は為替制度や外貨準備、金融監督などを整備し、当時と同じような「通貨危機」に直結するケースは少なくなりました。
 
ブラジルは過去の度重なる通貨危機(1980〜1990年代のハイパーインフレなど)を経験したのち、比較的潤沢な外貨準備を保有するようになりました。2023年時点でもそれなりに大きな外貨準備を維持しています。ブラジルは変動相場制を採用しており、通貨(レアル)が下落した分だけ輸出競争力が上がる面もあります。また穀物・鉱物・石油など資源・農産品の輸出が多く、世界的なコモディティ価格次第ではドルを稼ぎやすい体質です。

一方で政府債務の拡大や政治の不安定要素は常にあり、年によってはインフレが再燃しがちです。政策運営に対する市場の信認が弱まると通貨が急落するリスクはゼロではありません。

ブラジルは以前ほど脆弱ではないものの、世界的なドル高やコモディティ価格の下振れが重なると、一気に通貨安・インフレ懸念が再燃する可能性は否定できません。ただし、今すぐに1997年当時のアジア通貨危機のような連鎖破綻に至る確率は低いだろう、というのが一般的な見方です。
1997年当時のアジア通貨危機の「主役」だったタイやインドネシア、マレーシア、フィリピンなど東南アジア諸国は、現状では以前ほど脆弱ではないと見られるのが一般的です。