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連邦準備制度理事会とニューヨーク連銀の確執 ベンジャミン・ストロングとマリナー・エクルスについて

2021年10月21日 08:00

米国の中央銀行は**連邦準備制度理事会(FRB)**です。FRBの発足は1913年で、世界の他の国々に比べて歴史が浅いです。

しかも現在のようにFRBが政策金利の決定の実際の采配を握ったのは1935年銀行法が制定された後です。

それ以前はニューヨーク連銀がFRBよりも格上と考えられており、初代ニューヨーク連銀総裁ベンジャミン・ストロングが強い発言権を持っていました。

なぜニューヨーク連銀のほうがFRBよりも権力が大きかったか? といえば、それはベンジャミン・ストロング個人の存在感に負うところが大きかったと思います。

ベンジャミン・ストロングはバンカーズ・トラストの頭取で国際金融の事に明るく、ネルソン・オルドリッチ議員が連邦準備制度設立の草案を出した際、初代FRB議長に推挙されうる人物と考えられていましたが、銀行業の実務経験が無い人間でもFRBの理事に指名されうるのは良くない、さらに各地方連銀が独立性を保つことは権力の分断、弱体化につながり、金融システムの混乱を招くだけだという理由からこれに反対します。

この法案自体はストロングの反対にもかかわらず結局可決成立し、連邦準備制度が発足します。ストロングは要請をうけて地方連銀のひとつで、最大の存在であるニューヨーク連銀総裁に就任します。

かつてストロングがオルドリッチ法案に反対したにもかかわらずストロングの意見が受け容れられず連邦準備制度が開始されたことでストロングは実務を通じて自分の主張が正しかったことを証明しようとします。すなわちニューヨーク連銀がストロングの個人的威光を背景に強力にリーダーシップを発揮する運営スタイルがここに始められたというわけです。

バンカーズ・トラストの大株主がJPモルガンであり、モルガン家は代々英国贔屓であることからストロングも英国贔屓であり、イングランド銀行総裁、モンタギュー・ノーマンと親交を温めます。二人は頻繁に文通し、お互いを訪問し合いました。

第一次大戦の時、戦費負担が重くなりすぎたので英国は金本位制から離脱しなければいけなくなりました。その後、アメリカは欧州で起きている戦争が原因の特需に沸き、景気が強くなるのですが、ストロングは英国への借款の返済に英国が困らないようにするため、さらに英国が金本位制に復帰しやすくするために、わざと米国経済の実勢に比べてゆるゆるの金利政策を続けます。

これが1920年代の乱痴気騒ぎ的なブームならびに株式市場での行き過ぎた投機の遠因となります。

つまり1929年の大暴落に至るバブル相場の種は、ベンジャミン・ストロングの連邦準備制度に対する復讐と、モンタギュー・ノーマンとの個人的な交友関係の優先という個人的利害を公務に優先したことが原因で蒔かれたのです。

1928年にベンジャミン・ストロングが死去すると政治の風向きが変わりました。1929年の大暴落を経てアメリカは1934年銀行法、1935年銀行法を次々に制定します。そして1935年銀行法では政策金利決定権限がNY連銀からFRBに移行しました。

さて、FRBには歴代議長が16名居ます。

そのうち初代のウイリアム・マカドゥーに始まり、チャールズ・ハムリン、ウイリアム・ハーディング、ダニエル・クリッシンジャー、ロイ・ヤング、ユージン・メイヤー、ユージン・ブラックといった初期の議長はみんな影が薄かったです。これはひとえに上に述べたような確執が原因です。

それを変えたのが1934年から1948年にかけて議長を務めたマリナー・エクルスでした。

エクルスはユタ州のモルモン教徒の家庭に生まれました。モルモン教徒は一夫多妻制で知られていますがエクルスの母は二番目の奥さんで9人兄弟でした。一番目の奥さんの兄弟と合せると21人という大家族でした。

その関係でエクルスは8歳から働き始めました。彼が14歳のときに父が他界し、父の事業を引き継ぎました。そして26の銀行、サトウキビ事業、酪農、建設会社、材木会社などを切り盛りしました。

つまり若くして実業の経験は豊富にあったのです。

彼は大恐慌時代の1933年に不況から脱却するには政府がどんどん財政出動し需要を刺激する他は無いと考え、議会でそう証言しています。これはジョン・メイナード・ケインズが「雇用利子および貨幣の一般理論」を出版するより3年前です。

なおケインズはエクルスのことを敵視していましたが、エクルスはケインズの本を読んだことは無かったそうです。

エクルスは米国で初めて銀行持ち株会社の形態を考案した人で、エクルスの銀行はその後、ウエルズファーゴに買収されています。

1935年銀行法で連邦準備制度の実権がニューヨーク連銀から連邦準備制度理事会へと移った直後、FRB議長にエクルスという鬼才を得たことは米国にとって幸運だったと思います。

なおワシントンDCにあるFRBの本部はエクルス・ビルディングと言う名称ですが、これはマリナー・エクルスの功績をたたえたものです。